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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1734号 判決

控訴人(旧商号日本産工株式会社)永琳産業株式会社

右代表者代表取締役 木村恵映

控訴人 山地要

右両名訴訟代理人弁護士 渡辺昇治

被控訴人 田中安

〈外六名〉

右七名訴訟代理人弁護士 浅野亨

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人等に対し、被控訴人田中安は、原判決末尾添付図面に示す滋賀県甲賀郡信楽町(旧小原村)大字西及び同県同郡同町大字長野地内亜炭及び耐火粘土採掘権登録番号同県採掘権登録第五九号鉱区内なる同県同郡同町大字西小字野反谷七六六番山林九反歩内において、被控訴人大西治三郎は、同鉱区内なる同県同郡同町大字西小字野反谷七六五番山林一反八畝歩内において、被控訴人奥田弥市郎同楠山音次同辻本伊三郎同岡本幸兵衛は、各同鉱区内なる同県同郡同町大字西小字奥の谷七七四番保安林九反歩内において、それぞれ、粘土の採掘に伴い耐火粘土及び亜炭を採掘してはならない。

控訴人等の被控訴人村岡初雄に対する請求、並びに、被控訴人村岡初雄を除く爾余の被控訴人等に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人等と被控訴人村岡初雄間の控訴費用は控訴人等の負担とし、控訴人等と被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等間の訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分しその一を控訴人等その余を同被控人等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人等がその主張の如き鉱区内の亜炭及び耐火粘土の採掘権を有することは当事者間に争のないところであつて、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人等は昭和二二年八月五日同鉱区内の亜炭の採掘権設定の登録を受け、ついで、昭和二九年五月一日耐火粘土につき採掘権の登録を受け、現にこれを共有しているものであることが認められる。

そこで、被控訴人等において控訴人等の右亜炭及び耐火粘土の採掘権を侵害し又は侵害する虞があるかどうかについて判断する。≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すると、その採掘した粘土が法定鉱物なる耐火粘土であるかどうかはしばらくおき、被控訴人田中安は、訴外松本九郎との契約により右鉱区内なる同訴外人所有の滋賀県甲賀郡信楽町大字西小字野反谷七六六番地山林九反歩内において粘土の採掘のため右土地を使用する権利を得て、昭和二九年一〇月頃から昭和三六年五月頃まで右土地の一部で粘土を採掘したこと、被控訴人村岡初雄は、信楽町との契約により右鉱区外なる同町所有の同県同郡同町(旧小原村)大字細原の地内で粘土採掘のため右土地を使用する権利を得て、昭和二六年頃から昭和三二年末頃まで右土地内で粘土を採掘したこと、被控訴人大西治三郎は、訴外今井末次郎との契約により右鉱区内なる同訴外人所有の同県同郡同町大字西小字野反谷七六五番山林一反八畝歩内で粘土の採掘のため右土地を使用する権利を得て、昭和二六年頃から昭和三七年五月頃まで右土地の一部で粘土を採掘したこと、被控訴人奥田弥市郎、同楠山音次、同辻本伊三郎、同岡本幸兵衛は、同県同郡同町大字西部落との契約により右鉱区内なる同部落有の同県同郡同町大字西小字奥の谷七七四番保安林九反歩内において粘土採掘のため右土地を使用する権利を得て、右土地内四ヶ所で、それぞれ、被控訴人奥田は、昭和三二年二月頃から同年末頃まで、同楠山は、昭和三〇年九月頃から昭和三二年末頃まで、同辻本は、昭和三一年八月頃から昭和三三年二月頃まで、同岡本は、昭和三一年六月頃から昭和三二年末頃まで、粘土の採掘をなしたこと、同被控訴人等は、その後現在までその採掘を止めていること、被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等は、各右採掘期間中その採掘に際し、右粘土採掘現場においては粘土の層が亜炭の層と重なり合つているところから、粘土採掘に伴い亜炭を剥離し、これを粘土採掘現場附近に堆積して保管したこと、右各個所における同被控訴人等の粘土及び亜炭の採取数量は明確でないが、各個所につき粘土は一日二瓲乃至三瓲、亜炭は月一瓲位のものであつたこと、右信楽町を中心とする附近町村は古くからやきもの信楽焼の産地で、信楽町を中心とする附近町村内でその原土なる粘土の採掘がなされたものであつて、被控訴人等は、右信楽焼の原土に使用せられる粘土を採掘したものであり、現に被控訴人等の右粘土採掘現場附近において、被控訴人等の採掘前から他の者により同様信楽焼原土に使用せられる粘土の採掘がなされていたものであること、現行鉱業法が昭和二六年一月三一日施行せられ、ゼーゲルコーン番号三一以上の耐火度を有する耐火粘土があらたに鉱物に指定されるに及び、従前本件鉱区内において亜炭の採掘権を有していた控訴人等が同鉱区内の耐火粘土の採掘権を出願して許可され前記のとおりその設定登録を受けたものであること、本件鉱区以外の信楽町内においても、前記のとおり古くから信楽焼原土に使用せられる粘土の採掘が行われていたところから、前記ゼーゲルコーン番号三一以上の耐火度を有する耐火粘土が法定鉱物に指定されるや、昭和三〇年頃から地元の信楽町と名古屋市の訴外共立窯業原料株式会社との間にその試掘権の競願がなされ、対立紛争を続けてきたが、話合の結果、昭和三六年六月一六日右共立窯業原料株式会社と信楽町及び信楽陶器工業協同組合外一名のため同町内三鉱区の耐火粘土試掘権の設定登録がなされるに至つたものであること、被控訴人岡本を除く爾余の被控訴人等は、昭和二八年一一月九日陶器原土の採掘販売等を目的として同県甲賀郡信楽町他五ヶ町村を地域とする信楽原土採掘企業組合を設立してその登記を経て、被控訴人田中同村岡同楠山同大西は各その理事同辻本はその監事に就任し、同奥田は昭和三〇年一月五日その理事に就任したものであつて、同組合としては事業を開始する運びに至らなかつたが、本件鉱区内において粘土を採掘することにより控訴人等の耐火粘土及び亜炭の採掘権を侵害する虞があるものと考え、同組合はその採掘権者なる控訴会社と昭和三一年頭初から同年末にかけ大阪通商産業局係官等の斡旋により同組合が本件鉱区内で粘土の採取及びそれに伴う亜炭の採取に関する契約の締結について交渉をかさねたが、遂に不調となつたこと、以上の事実が認められる。

控訴人等は、被控訴人等において共同して本件鉱区内で粘土及び亜炭を採掘した旨主張するけれども、これに符合する当審における控訴会社代表者木村恵映の尋問の結果の一部は前顕各証拠と比照し措信し難く他にこれを認めるに足る証拠はない。

以上認定の事実からすると、被控訴人村岡については同人が本件鉱区内で自己単独又は他の被控訴人等と共同して粘土及び亜炭を採掘したことを認め得る根拠は全くない。

そこで、進んで、被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等(以下単に被控訴人等と略称する)が本件鉱区内で採掘した右粘土が、控訴人等主張の如く鉱業法第三条に規定するゼーゲルコーン番号三一以上の耐火度を有する鉱物たる耐火粘土に当るかどうかについて検討する。

同法第三条は右耐火度を以て鉱物たる耐火粘土と非鉱物たる粘土とを識別しているのであるが、原審証人草間勝治の証言に当審における調査嘱託に対する大阪通商産業局長からの回答の結果を綜合すると、右耐火度の測定は通商産業省鉱山局長通達(昭和三〇年六月七日三〇鉱局第四四一号)に基き原土の状態において右耐火度を測定すべきものとせられ鉱業界においてひろくこれに基いて識別せられている実情であることが認められ、当裁判所も右見解を相当と認める。従つて、控訴人等の右耐火度の測定基準を水簸した精鉱によるべきものとする主張は独自の見解として採用することができない。

ところで≪証拠省略≫を綜合すると、信楽焼の原土としては普通耐火度二〇番乃至二八番の粘土を適当としそれより高度の耐火度を有する粘土なることを必要とせず、被控訴人等としては本件鉱区内で右粘土採取に当り鉱物たる耐火粘土を採取することを企図せるものでなく、また、亜炭の採掘は粘土の採取に伴い附随的にこれを剥離し現場に堆積保管したものであること、また、被控訴人等は、その採取の粘土が鉱物たる耐火度三一番以上のものを含むかどうかを懸念し、昭和三一年中滋賀県立窯業試験場にその採取現場の粘土の耐火度の測定実験を依頼し、また、大阪通商産業局係官にその調査を依頼して、それが耐火度三一番未満なる旨の測定実験の結果の報告を得ていることが認められる。

しかしながら、≪証拠省略≫を綜合すると被控訴人等の右採掘現場における粘土の実験の結果として原土の状態において測定したところによると耐火度ゼーゲルコーン三〇番以下の耐火度を有する粘土と三一番以上の耐火度を有する耐火粘土が混在していたこと、また、耐火粘土の鉱物性即ち耐火度三一番以上の有無は専門的智識を以てしても耐火度測定実験の結果を俟たなければ判明せず、たんに外観的に識別することは不可能であること、従つて、被控訴人等が信楽焼原土として非鉱物なる粘土を採取することを企図し屡々耐火度測定実験により三一番以上の耐火粘土の採掘を避けようと極力留意しても、粘土中に三一番以上の耐火度を有する耐火粘土を含む場合には、その一部が混入することは技術的に避けられないところであつて、被控訴人等は、右採掘現場において信楽焼原土として使用する粘土を採掘するに当り、常に耐火度三〇番以下のもののみを採掘していたものとはいえず、その採掘に当りその数量がどれほどかは明白でないがそれに混在せる耐火度三一番以上の鉱物たる耐火粘土の鉱床をも採掘したものであつて、被控訴人等採掘の右各土地内に鉱物たる耐火粘土の鉱床が存在する事実、及び、本件鉱区中被控訴人等の前記採掘現場においては、鉱床は亜炭の層と粘土の層からなり両層は更に密接に重なり合つており、粘土を採掘するにつき、これに密接する亜炭層の一部を剥離することなしには粘土のみの採取を期待し難いところから、前記のとおり、被控訴人等は右粘土採取の際亜炭を剥離してその採掘現場にこれを堆積保管したものであることが認められる。

してみると、被控訴人等の企図いかんに拘らず、前認定の事実からすると、被控訴人等は右粘土の採掘に伴い鉱物たる耐火粘土及び亜炭を採掘したものといわなければならない。

ところで、土地の所有者は法令の制限内においてその所有地の使用収益及び処分をなし得るにすぎないことは民法第二〇六条の明定するところであるから、他人の所有地を鉱区として鉱業法による鉱業権を取得したものがある場合、その土地所有者は所有権につき鉱業法に定める制限を受けその制限の範囲内においてのみその権利を行使し得るにすぎないのみならず、或は不作為の義務を負担し或は受忍の義務を負担するに至るものである。しかして、鉱業権は鉱区内に存在する一定の種類の鉱物につきこれを採掘し取得する権利であつて、物権とみなされ鉱区内における鉱物に対する独占的排他的支配を内容とする権利であるから、鉱業権者でなければこれを採掘し得ず、若し、第三者が鉱区内において鉱業権の行使を妨害し又は妨害する虞があるときは、その第三者に対し鉱業権の物権的効力としてその妨害排除請求権乃至妨害予防請求権を有するものである。従つて、被控訴人等において、前項の如く土地所有者との契約に基く土地の使用権者として信楽焼原土として使用せられる粘土の採取に当り、控訴人等の鉱業権の目的である鉱物たるゼーゲルコーン三一番以上の耐火粘土又び亜炭を採掘することはその権利範囲を逸脱して控訴人等の鉱業権を侵害したものといわなければならない。

被控訴人等は、控訴人等共有の亜炭及び耐火粘土の採掘権と被控訴人等の有する本件採掘現場の土地使用権との利益衝突の調整の見地から、被控訴人等の右信楽原土なる粘土採取のための土地使用権が控訴人等共有の右鉱業権に優先すべきである旨抗争し、被控訴人等の右採掘現場に存在する亜炭が上質のものでなく三寸乃至五寸程度の薄層として存在することが≪証拠省略≫により窺知し得られるけれども、被控訴人等の主張する如く、被控訴人等の採掘した粘土中に含まれる耐火度三一番以上の耐火粘土が少量であり、その採掘に伴い掘採せられた亜炭も粗悪で、いずれも経済的価値が僅少であつて、右各土地内にある耐火粘土及び亜炭が鉱業の目的たるに値しないものと断定し得る何等の資料はないのみならず、亜炭と粘土の層が密接に重なり合つている本件鉱区につきさきに亜炭の採掘権を有する控訴人等に耐火粘土の採掘権が与えられた本件にあつては、以上認定の諸事実に、当審における控訴会社代表者木村恵映の尋問の結果により明らかであるところの控訴人等が本件採掘現場を含む同鉱区内において耐火粘土及び亜炭の採掘事業計画を立てこれが実施を希求しておりたんに被控訴人等の粘土採取を妨害する意図の下にこれが禁止を求めているものでない事実を考え合すと、被控訴人等の右土地使用権に基く粘土の採掘が控訴人等の耐火粘土及び亜炭の採掘権に優先するものと認めることはできないものといわなければならない。

してみると、被控訴人村岡は、本件鉱区内において粘土の採掘に伴い耐火粘土及び亜炭を採掘して控訴人等の採掘権を侵害した事実なく、また、今後これを採掘して控訴人等の亜炭及び耐火粘土の採掘権を侵害する虞あるものというを得ないが、被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等については、同人等はすでに本件鉱区内なる前記採掘現場の土地内において粘土の採掘を止めていること前認定のとおりであつて、現に控訴人等の亜炭及び耐火粘土の採掘権を侵害している事実は認められないけれども、当審における被控訴人田中安同大西治三郎の各本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、同被控訴人等は信楽焼の業界の不況からして一時その原土なる粘土の採掘を中止しているにすぎない事実が認められるから、以上認定の事実により、同被控訴人等はそれぞれ前認定の各使用権を有する土地の区域内において、粘土の採掘を再開し、これに伴い右各土地内に存在する耐火粘土及び亜炭を採掘して控訴人等の採掘権を侵害する虞があるものと認めるのが相当である。被控訴人田中安が現在信楽町を出て東京都内に居住し他の職についていることは右認定を覆す資料とはならない。

ところで、控訴人等は、被控訴人等は本件鉱区内の特定の場所のみにおいてこれを採掘しておるのでなく、随時場所を移動しているから、本件鉱区全域においてこれを採掘することにより控訴人等の亜炭及び耐火粘土の採掘権を侵害する虞がある旨主張する。

しかしながら、被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等が粘土を採掘したのは、同被控訴人等が使用権を有する前記各土地内であつて、右各土地以外の地域において擅に粘土を採掘しその採掘に伴い耐火粘土及び亜炭を採掘して控訴人等の採掘権を侵害する虞があるものと認むべき何等の証拠もないから、同被控訴人等が各自右各土地以外に本件鉱区全域において粘土採掘に伴い控訴人等の亜炭及び耐火粘土の採掘権を侵害する虞があるものというを得ない。

してみると、控訴人等の被控訴人村岡に対する請求は理由がないが、被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等に対し、本訴において、将来生ずることあるべき控訴人等の亜炭及び耐火粘土採掘権の侵害を予防するため、同被控訴人等各自がその使用権を有する前記各土地内において粘土採掘に伴い耐火粘土及び亜炭を採掘することの禁止を求めることができ、右請求の限度において正当であるが、その余の請求は失当といわなければならない。

よつて、控訴人等の本訴請求中、被控訴人村岡に対する請求は失当としてこれを棄却し、被控訴人村岡を除く爾余の被控訴人等に対する請求中、同被控訴人等が各土地使用権を有する前記各土地内で粘土採掘に伴い耐火粘土及び亜炭の採掘をなすことの禁止を求める部分を正当として認容し、その余の請求部分は失当としてこれを棄却すべく、これと異る原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九六条第九二条第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野田常太郎 裁判官 柴山利彦 宮本聖司)

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